全段差動プッシュプル・アンプを作る

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きっかけ

私の子供の頃(1970年代)は、ちょうど真空管が廃れてトランジスタが台頭した時代でした。家にある古いテレビやラジオは真空管式でしたが、電子工作好きの子供としてはトランジスタでラジオを作ったりというありがちな少年時代を過ごしました。

その後、興味がディジタル回路やソフトウェアのほうへ行き、幸か不幸かそれが仕事になったりしましたが、あまり真空管とは縁のない人生を送っていました。

真空管との再会は5年前、エレキットの TU-872 という 2A3 シングルアンプキットを作ったこと。 このアンプは今でも現役で使っていますが、そのコストパフォーマンスの良さ(同じような値段で買える半導体アンプよりずっと音が良いように感じたのです)に驚き、真空管というものが決して懐古趣味のものではないと認識するようになりました。

そうして真空管に興味を持つうちに出会ったのが「情熱の真空管アンプ」という木村哲(ぺるけ)さんの著書です。

この本を読んで、無駄に高い部品を勧めたりしない、合理的な設計思想に共感。いつかは自分でも(この本で取り上げられている)全段差動プッシュプルアンプを作ってみようと思うようになりました。

板金工作が超苦手の私としてはソフトン善本さん標準シャーシ配布が最後の一押しとなり、このアンプを製作することとなりました。

なお、全段差動プッシュプルアンプについてはWebでも Building My Very First Tube Amp講座 に詳しく書かれていますが、もし実際に作られる場合は著書を隅から隅まで読むことをお勧めしておきます。それだけの価値のある本だと思います。

設計

毎日、音楽を聴くときのアンプとして、ちゃんと使える性能を目指して3段構成の全段差動プッシュプル・アンプとします。

上記標準シャーシを使う関係もあって、電源トランスは TANGO PH-185、出力トランスも同社の FE-25 というオーソドックスな組み合わせにします。 (現在 PH-185 は製造終了ですので、新たに作られる方は後継品の GS-2819 を使うのが良いでしょう)

シャーシーの関係から、真空管はGT管を使います。 現行品として製造されていて、しかも評判が良く手堅いところで出力管は EL34 を使うことにします。 ドライブ段は 6SN7GT です。

PH-185の280Vタップから全波整流して2段のリプル・フィルタを通すとB1電圧は300V程度。 また電源トランスの限界からEL34のプレート電流は42mAとします。 B1電圧300Vから逆算して Ep=270V, Eg=-20V くらいに動作点を置いてロードラインを引くとこんな感じです。 計算上のプレート損失は1本あたり 11.3W ですから、定格30WのEL34はまだまだ余力十分です。
ロードライン

計算上の出力は 7W くらい。私の部屋(8畳)で聞くには十分でしょう。

あとは木村氏の教科書(書籍・Web)通りの特に何のひねりもない設計です。 初段と定電流回路で使用するFETは選別品の頒布を利用させて頂きました。

最終的な回路図は以下のようになりました。 (クリックするとPDFで表示します)
回路図

製作

オーディオ用と銘打った高価な部品やヴィンテージ的な価値のあるものは出来るだけ使わず、普通に入手できる部品で作ることにします。 真空管も現在生産されているものを使うことにします。

シャーシーが灰色でちょっと地味ですから、ボリュームは赤色のコレットノブ、ヒューズボックスは緑色、ACインレットは白色のものを使ってみました。 たまたまですが、トランスは TANGO で、真空管は Electro-Harmonix で統一されています。 真空管の配置は両端に出力段を、中央にドライブ段を置いた「オーソドックスな落ち着いたデザイン」(木村氏の著書より)にしてみました。

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ちょっと雑然としていて恥ずかしいですが、中身の写真も載せておきます。 (クリックで拡大します)

ヒーター配線にはAWG18という太い線を使いましたが、ちょっと太すぎてやりにくかったです。もう少し細い線でも良いでしょう。普段の仕事では軟弱なディジタル回路ばかり扱っているので、ヒーターの電流(総電流7.2A)を考えるとどうしても身構えてしまします。(笑)

測定

まず無入力状態で終段と初段のDCバランスを調整して、各部の電圧を測定します。

ほぼ設計どおりの値になっているようです。頒布して頂いたFETが良く選別されているおかげも大きいでしょう。

計算上の消費電力(B電源+ヒータ)は 107W くらいですから、約 15W がトランスの損失にになっているようです。かなり熱くなりますが、定格ぎりぎり(実はわずかに定格オーバー)なので仕方ないでしょう。

とりあえず無帰還のまま 1kHz 20mVrms の正弦波を入力して利得を測定してみます。

裸利得は約50倍、ダンピングファクターは 2.2〜2.3 のようです。

利得が20倍(負帰還量 8dB)くらいになるように負帰還回路を調整して、以下の値になりました。

ダンピングファクターが 8〜10 に改善されていることが判ります。

また無音時の残留ノイズは 0.10〜0.15mVrms でした。

(信号発生にはPCオーディオと WaveGene、電圧測定には FLUKE 289 を使用しました)

試聴

音像がはっきりして、実に気持ちの良い音です。無帰還時のやや荒っぽい音が、負帰還を掛けることで落ち着いて一日中でも聞いていたい感じになります。 オペラのライブ録音などを聞くと、多重唱や合唱でも一人一人の歌手の位置がはっきりと目に見えるようです。大満足。

特に何も問題は無いのですが、ひとつだけ、電源を切ってしばらくするとスピーカーが小さな音で「ぶびぶびぶび」と2〜3秒間鳴ります。 こちらによれば「マイナス電源ルートを経由して超低域発振が起きたため」とのことで、C電源にコンデンサを追加すれば回避できるようですが、とりあえず実害のないかわいい音(笑)なので、そのままにしてあります。

(2009.9.24)


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